X線写真へのこだわり
 未だ浅学非才の私が,このような連載を始めるにあたって,なぜ一枚の口腔内
X線写真にこだわるのかを述べておきたい.
 私の所属するスタディグループ「北九州歯学研究会」は,今年で発足より26周
年を迎えた.この会は現在では,X線写真に対して非常にシビアな勉強会との風
評を頂いていると思うが,会の先輩より聞いた話ではその源流は,関東に発する
らしい.すなわち,関東の某先生が福岡での講演会でX線写真の重要性を説か
れ,それ以来「きれいで正確なX線写真」を求める姿勢は九州に定着し,我々に
も脈々と受け継がれているのである.
 しかし,臨床経験を積み重ね,患者を前にX線写真を説明し,またスタディグ
ループでX線規格撮影について勉強してくると「きれいで正確なX線写真」が必
要な理由を改めて考えさせられることとなった.


きれいで正確なX線写真が必要な理由
1.X線写真は診断に重要な役割を果たす.
一般歯科臨床において齲触,歯内疾患,歯周病など,初診時に診断を下さなけれ
ばならない疾患はいろいろあるが,それらは歯牙や歯周組織の内部に変化を起こ
す疾患でありX線写真を用いることにより正確な診断を行うことができる.(図
1.)また,それらの治療という点から言えば,初期の変化をできるだけ早く発
見できることが必要であり,できるだけ多くの情報を得ることのできる正確なX
線写真を,日常的に撮影できなければならない.
2.患者さんに説明する際には,鮮明でわかりやすいX線写真が良い.
私はX線写真を撮影したあとは,必ず患者さんにそのフィルムを見せながら,説
明をすることを心がけている.初診時はもちろん,治療中や治療後に,初診時の
X線写真と現在のX線写真を並べて治療の成果を説明することにしているが,そ
の際ピントのずれた写真(撮影時のブレ,異なった位置付け)は,患者さんに対
して何のアピールする力も無いと思っている.患者さんは,普段X線写真など目
にすることもない人たちがほとんどである.口腔内の歯や歯槽骨,補綴物や根充
剤,根尖病変や骨縁下欠損を示すわずかな陰影を見せられてもよく分からないと
いうのが本当であろう,ましてやX線フィルムは3×4・と非常に小さい.昨
今,十分なインフォームドコンセントを得た上での治療が叫ばれているが,患者
さんにも一目で差がわかるX線写真の必要性は,今後その提示の仕方の工夫も含
めて,ますます増えてゆくものと考えている.図2.は,できたX線写真を直ち
に,暗室にてデジタルカメラ(ニコンD-1)にて接写し,21インチのテレビ(画面
30・×40・)に写した状態である.やや煩雑であるが,元の100倍の大きさにX
線写真を鮮明に拡大できる.
3.自分の臨床を評価するために正確なX線写真が必要である.
私たちは,より上質の医療を患者さんへ提供するために,自分の行った治療の結
果をふりかえり評価しなければならないと考える.たとえばスタディグループに
おいて,自分の臨床を他人の眼にさらして,箴言を受けることも必要であろう.
そのための資料の一部として,X線写真を提示する時には,規格性(黒化度,位
置付け)が統一されていることが必要であろう.自分の症例の経過を観察すると
き(図1.)はもちろん,他の歯科医のX線写真とも同一の規格であればより客
観性の高い検討ができるのではなかろうか.現在,根拠に基づいた治療,すなわ
ちEBM(Evidence-Based Medicine)についてさかんに語られているが,歯科におい
ては,X線写真の規格統一が,その第一歩ではないかと考えている.(図3.)


当院におけるX線写真撮影の実際
以上のような理由により,私は黒化度と撮影法の規格化に気を付けながら日々,
X線写真を撮っているが,今回はその方法を「黒化度」に焦点をあてて機材のこ
とも含めて,述べてみたい.


黒化度によりもっとも影響を受けると思われるX線像は,図4.に示す4つのう
ち歯槽骨梁であるが,図5のa,bはその実例である.この2枚のX線写真は,同
日,同部位を撮ったものであるが,大きく,黒化度が違っている.どの部分が違
ってみえるであろうか?右下6番の近遠心隣接面の骨がみえないン,みえる゛,
と違っている.歯周病により,骨の破壊が起きた時,薄い骨の部分が黒化度が強
いと消えてしまう,これが,術前ン,術後゛だと,正しい評価ができない.黒化
度は歯槽骨梁,言い換えれば骨欠損を評価するときに,規格化されていないと,
間違った判断を下すもとになるのがおわかりになると思う.
図6.は黒化度に影響を及ぼす因子であるが,この中のなにが固定でき,なにが
変化するのかを考えることから始めた.


・X線撮影装置
X線撮影装置については,ほとんどの開業医がすでに現在使用している機種があ
ると思う.勤務医の先生や今後,機種の変更の際の参考になれば幸いである.私
は通常の口腔内のX線写真撮影にはタカラベルモントのDX-066を使っているが,
管電圧は固定で60kvpである.開業前の機種の選定の際には,予備知識はなにも
なかったが,調べてみると日本製のX線撮影装置の管電圧は,60kvpが多いよう
である.私はほかに60kvp〜70kvpの管電圧可変式の装置(朝日レントゲン
GX-70)も持っているが,これも60kvpに固定して使っている.理由は60kvpと
70kvpで,撮り比べその写真をみた結果,私は60kvpの方がきれいなX線写真と思
ったからである.GX-70は,管電圧と照射時間が連動しており,管電圧を上げる
と自動的に照射時間が短くなり,同一の黒化度が得られるようになっているの
で,見た目はさほど大きな差はないようにみえる.図7.はその2枚のX線写真
であるが,どちらを選ぶかは微妙である.理論的にはX線の透過性の差により
70kvpより60kvpの方がコントラストが強いのであるが,これはもう好みの問題で
あると思う.
図8.はタカラベルモントのDX-066のコントロールボックスであるが,照射時間
については,部位により一定となっている.ただし,ボックスの横に,各フィル
ム感度に応じた,調節つまみが設けてあり,黒化度の調整ができるようになって
いる.ただしこの調節機構はできるだけ変えないようにしており,照射時間を変
更することによる黒化度の調整は,私は行っていない.北九州歯学研究会の中に
は,ヨシダのヴィーナス(現在は製造中止)を使用されている先生もおられる
が,この装置は照射時間をタイマーにより0,1秒単位で自由に設定でき,撮影目
的(根尖病変,骨縁下欠損)や撮影部位(前歯部,臼歯部)に応じて照射時間を
細かく変えて撮影できる.
日本製のX線撮影装置のX線放射管は,ほとんど東芝製で,差は無いといわれて
いるが,その他の構造の差や各製品によるばらつきは存在するようである.
・X線フィルム
私を含め,北九州歯学研究会の先生方は,コダック社のウルトラスピード
(DF-58,D感度)を使用している.私の場合,他社のフィルムや,同じコダック
社のエクタスピード(EP-21P,E感度)は,サンプルを使用したことがある程度
なので,あまり詳しくはいえないが,フィルムベースの色の問題や,粒子の荒さ
等により,ウルトラスピードから変更するには至らなかった.X線フィルムを比
較する際は,2枚が同じ製品であれば,黒化度には差がでないと思う.
・撮影用インジケーター
私は,阪神社のインジケーター「を使っているが,バイトプレートのラバーは,
旧来の青色のものに交換して使っている.また,撮影する際の咬ませ方は他の補
助器具を使い自分なりに工夫しているが,これは撮影時の位置付けになるので,
次回に詳しく述べることにする.インジケーターはその使用によって,フィルム
とX線源の距離が同一になるので,黒化度の規格化に役立っている.
・現像機と現像・定着液
現像機と現像・定着液は,私にとって,切っても切り放せない問題なので,一つ
の項目として開業以来の変遷を含めて述べることにする.
私は,ずっと自動現像機を使っている.しかしながら,X線写真の現像法として
は,手現像が最良の方法と思っている.最初は暗室で手現像する事も,少し考え
たが,勤務させていただいた病院がいずれも自動現像機を使っていたこと,院内
のスペースや,人材の面で自動現像機を使うこととした.機種を選ぶ際には,10
枚法の事を考慮して,同時に多数のフィルムが処理できること,パノラマフィル
ムも現像できることを条件にした.以上の事より,選んだ機種はニックス社のハ
イラインという機種であった.ハイラインは,処理スピードと現像液温を調節で
きる機構を備えた,発売されてあまり経っていない新型機種であったと記憶して
いる.そしてオプション部品として0.1℃単位のデジタル液温計を付けたが,こ
れが後々非常に役に立った.現像・定着液は最初は,現像機についてきたニック
ス社のものを使ったが,すぐにコダック社のレディ・マチック「(自動現像機用
現像・定着液)に変えた.理由はフィルムがコダック社製なので,同じ会社の製
品が相性が良いのではなかろうかと思ったことと,コダック社が出していた小冊
子に,レディ・マチック「の場合の各液温と全処理時間の関係が載っていた事に
よる.(ちなみにニックス社にはそのような資料は無かった.)当時,北九州歯
学研究会にはオブザーバーとして,参加していたにすぎないが,先輩の先生方の
X線写真へのこだわりは目の当たりにしていたし,自分もきれいなX線写真を撮
りたいと思ったのである.不十分な知識の中にも,液温はできるだけ低い温度が
良いという事は知っていたので,現像液温26℃,全処理時間6分(小冊子内の資
料による)で,処理を行い,現像・定着液は1カ月で交換という,システムにし
た.
ここで,現像液の温度について少し述べたいと思う.コダック社の資料によれ
ば,レディ・マチック「の現像液温と全処理時間の関係は,26℃〜29.5℃の間で
記載されている.つまり,この間の温度であれば,レディ・マチック「は,コダ
ック社のX線フィルムを適正に現像・定着する事ができるはずである.ならば,
最高温度の29.5℃に設定し,処理時間を短くしたいと思われる先生も多いのでは
ないかと思う.だが,実際にこの温度で現像を行うと,仕上がったX線写真はキ
メが荒い感じがしてあまりお勧めできない.また,夏場の気温の高い時期に経験
する事からの類推ではあるが,液温が高いと,経時的に自然に起こる現像液の疲
労も早いはずである.図6において,X線写真の現像の際に,黒化度に影響する
因子を3つ挙げたが,その内この現像液温が,最も敏感に影響を与えると考え
る.たとえば,冬場は,現像・定着液の温度を均一にするためと機械本体,特に
ローラー部を暖めるために,始業前の5〜10分のアイドリング運転(26.0℃にな
るまで行う)が必要であり,夏場は,26℃から27℃に1℃現像液温が上がると,
コダック社の資料によれば,全処理時間を6分から5分へ1分短縮しなければな
らない.ハイラインにはアナログ式の温度調節つまみが付いており,温度を微妙
に変えることができるが,これを生かすためには先ほど述べた,デジタル液温計
が,絶対に必要であると思う.ハイラインの温度調節つまみには,20℃〜40℃ま
で2℃間隔の目盛りが打ってあるが,これを26℃に合わせていても冬の室内温の
低いときは,やや高めにセットしないと,実際の現像液温は26.0℃にならない
し,逆に夏は,室内温が26.0℃を越えること(熱帯夜の翌朝)もあり,当然液温
も26.0℃を越え,しかたなく処理時間をコダック社の資料に合わせて,短縮する
こともある.この問題は,地理的条件,当医院の建物の構造や,自現機の設置場
所にも関係すると思うが,診療室内温が,大きく変化する季節(夏,冬)にはデ
ジタル温度計の数値を頻繁にチェックするようにしている.ハイラインは,コダ
ック社の現像・定着液を使った為なのかどうかわからないが,フィルム送りのロ
ーラーのゴムが変質してくるというトラブルに見舞われながら,部品の交換等の
修理を重ね,約10年間使用してきた.しかしながら他のいくつかのトラブルが重
なり,遂に昨年秋,同じくニックス社製の後継機マックスライン(MR-PB型)と
交換した.(図10.)
マックスラインは,ハイラインの機能をほぼ受け継ぎ,さらに歯科用の市販の自
現機ではたぶん本邦初の現像液冷却システム(MR-PB型はオプション)が付いた
のでこれを選択した.しかし,デジタル液温計はオプションになく,しかもメー
カーに問い合わせたところPL法の定めにより「本体の改造(個人で液温計を取り
付けること)を行えば故障した際のメンテナンスが受けられない」とのことなの
で,図10.のように現像液の交換口より,センサー部分をタンク内へ入れて検温
している.現像・定着液は,またこれもPL法により,ニックス社製品しか使えな
いということなので,現在はMX-D,MX-Fを使っている.MX-D,MX-Fは,交換してか
ら2週間後に,補充液を加え減弱した現像・定着能力を回復させるという,理に
かなった使用方法の現像・定着液でたいへん気に入っているが,メーカーに問い
合わせても,コダック社の現像・定着液のような,「現像処理条件はない」とい
うことである.・デジタル液温計を取り付けられること,・X線フィルムを適正
に現像できる範囲の処理条件を資料として明示すること,この2点は,できれば
メーカーの柔軟な対応を期待したいところである.
自動現像機については,現在はもう1台,阪神のDex 」も使っている.これは昨
秋,自現機を変える際に,大型自現機をやめて小型自現機で処理しようと思い,
他の北九州歯学研究会の先生方が使っている機種という事で,購入したが,超短
時間処理のため現像液の温度が32℃で,私には黒化度がやや強すぎると感じたこ
と,現像・定着液タンクの容量が0.8・と小さく,約100枚毎に液の交換を行うよ
うにしたが,1〜15枚目と80〜100枚目の差が大きいように感じたことの2点が問
題となった.問題は自分なりに工夫(現像液の濃度調整)を行い解決できると思
っていたが,やってみるとなかなかうまく行かず,結局は大型自動現像機を使う
ようになった.が,超短時間で現像処理できるという長所を生かして,現在は,
メインポイントや,メタルコアーの試適のX線写真の時に使用している.
・水洗
大型自動現像機は,2機種とも現像時間の2倍の定着時間が設定されており,水
洗,乾燥まで完了して,でてくる.また,阪神のDex 」は,本来なら,3つの槽
が現像,定着,水洗の役目をするのであるが,メーカーの使用説明書にもあるよ
うに,私は現像,定着,定着として,使用している.このように定着の段階につ
いては共に問題はないのであるが,フィルムの長期保存をかんがえると,水洗の
段階が大切になってくる.私の場合は,患者さんに説明が終わった後,フィルム
ハンガー(阪神)に挟んで,10〜30分流水下で,再度水洗した後,12時間以上自
然乾燥させ,(しみやかびを防いで)黒化度が変化しないように注意して,整理
している.


以上,私が行っている,X線写真の処理の方法を「黒化度」に焦点を当てて述べ
てみた.まだまだ,改良の余地の残るシステムではあるが,皆様の参考になれば
幸いである.


参考文献
1)下川公一:エンドとペリオのデンタルX線フィルム.
    1.X線診断への誘い,ザ・クインテッセンス,11(1):1992.30〜
33.
    2.X線撮影時の問題点,ザ・クインテッセンス,11(4):1992.684〜
688.
    3.X線照射時間と現像条件,ザ・クインテッセンス,11(7):
1992.1338〜     1344.
    4.X線撮影とインフォームドコンセント,ザ・クインテッセンス,12
(1):     1993.68〜74.
2)木下務:鮮明なX線像をコンスタントに得るための基礎知識とその方法.日
本歯科    評論,:December 1994.No.626.83〜109.


図説
1)X線写真撮影の目的としては,硬組織の変化をとらえることであろうが,特
に,歯  周治療の場合は,骨縁下欠損の状態を診査することであろう.
2)画面を拡大できるスライドビュアーもあるが,こちらの方が数段明るくて鮮
明であ  る.患者さんの治療への理解を深めるための一つの方法である.
3)X線写真の規格統一化は,歯科においてはまだ進んでいないと思われる.
4)4つの項目いずれも黒化度に影響を受けるが,中間コントラストの歯槽骨梁
が,一  番影響を受けやすい.
5)-ン゛ 一見すると,黒化度の高い方が鮮明にみえるが,治療する上で重要
な,わ  ずかに残る骨梁を感知できるのは,薄目のX線写真である.目的に応
じた撮影が必  要とされる所以である.
6)黒化度は複数の因子が絡み合った状態で決まるが,各条件を固定または,幅
を狭め  ることで,黒化度を一定に近づけたい.
7)-ン60kvp 0.8sec -゛70kvp 0.5sec:いずれもGX-70(朝日レントゲン)
にて  撮影.
8)DX-066(タカラベルモント)のコントロールボックス.
9)右側に見えるホースを蛇口につないで,水道水を現像液槽の中のパイプに通
して,  現像液を冷却する.