はじめに
 筆者は,前回,歯周疾患におけるX線像の変化の原因は,・歯肉溝周囲の主と
して細菌に起因する抗原性因子による歯牙周囲組織の炎症と,・支持組織の減少
により生理的咬合力が外傷性となった場合の力による歯周組織の炎症,であると
の考えにのっとり,歯周治療のためのX線写真の撮影・読影として,主に歯槽頂
線について述べた.
 そこで今回は,歯槽硬線,歯根膜腔,歯槽骨梁について出来るだけこの原因に
関連づけ,述べたいと思う.


 歯槽硬線と歯根膜腔のX線像
 歯槽硬線と歯根膜腔のX線像は,頬舌側に連なる,図1で「板状の束状骨」=
歯槽硬線や,「歯根周囲のすきま」=歯根膜腔であるので,X線と歯牙との,近
遠心的入射角度に,影響を受ける.つまり,このような環境では,図1で黄色の
方向よりX線が入ったときには,歯槽硬線と歯根膜線は,一本の明瞭な線(図2
−a)としてX線フィルム上に現れるのに対し,ピンクの方向より入った場合に
は,これらの2つは,面(図2−b)として映り不明瞭な像となる可能性や,別
の部位が読影の対象となる可能性がある.
したがって,歯槽硬線と歯根膜腔のX線像を読影する際には,歯牙の重なりや,
歯根の大きさに注意して,X線の入射角度の違いを考慮して,比較しなければな
らない.


 歯槽硬線の消失
 歯槽硬線の消失は,炎症により束状骨が破壊,または脱灰された時に,起こる
と思われる.
図3- a は,初診時,左上6番の急性歯周膿瘍を起こし来院した患者のものであ
る.左上6番近心頬側根の歯槽硬線が観察できない.図3- b は,消炎後,歯周
基本治療を行い,1年後の状態である.左上6番の近心側に,歯槽硬線が見られ
る.2枚のX線写真を比較すると,黒化度は右がやや強く,6番頬側根と口蓋根
の重なりより,近遠心的入射角は,ほぼ同じと思われるが,歯根と上顎洞底線と
の関係や咬合面の重なりより,上下的角度は若干のズレがある.このような歯槽
硬線の劇的な変化は,急性の炎症の時に,よく起こる事であり,初診時にみられ
た歯槽硬線の消失も,基本治療だけで,これだけの回復を示したことより,付着
の喪失は無かったものと思われる.先ほど,歯槽硬線の消失は,束状骨の破壊,
または脱灰と述べたが,このケースは,明らかに脱灰の症例である.
筆者は,破壊された歯槽硬線,つまり束状骨を改善させることは,すなわち,歯
根膜を回復させることであり,今,最も注目を集めている歯周組織の再生療法に
よってのみ可能であると考えている.


 歯槽硬線の肥厚
 次は,歯槽硬線の肥厚についてであるが,これは炎症により,束状骨周囲の石
灰化が亢進したした場合に起こると考える.
前回,歯槽頂線の肥厚について述べた時に,炎症により,骨のX線不透過性が高
まる可能性について,述べたが,ここも同様である.図4のように,術前,術後
のX線写真を比較した際に,骨縁下欠損部の安定化が図られた症例に,同時に,
歯槽硬線の肥厚像が,無くなる場合がときおり見られる.このケースでは,根尖
病変の改善もみられるので,歯槽硬線の肥厚の原因となった炎症が,上からの波
及なのか,下からの波及なのかはわからないが,歯根膜の存在を考えると,歯槽
硬線の肥厚についても,X線写真による歯周組織評価の重要なポイントの一つに
なると,考えている.


 歯根膜腔の拡大
 筆者は歯根膜腔の拡大は,炎症による束状骨の初期の破壊像または,歯根膜組
織の腫脹による歯根の歯冠側へのわずかな移動であると考える.したがって,原
因となった炎症が・歯肉溝周囲の主として細菌に起因する抗原性因子による歯牙
周囲組織の炎症の場合は,歯根膜腔の拡大は歯頚部にのみ見られ,・支持組織の
減少により生理的咬合力が外傷性となった場合の力による歯周組織の炎症の場合
は,歯根膜腔の拡大は歯牙周囲全体に現れる事が多いと考えている.
歯根周囲全体に現れる歯根膜腔の拡大については,以前より広く認知され,その
対処法もある程度,確立されていると思う.すなわち,歯牙の削合,または咬合
調整による,過度の咬合負担からの解放である.図5の症例も,それを行った.


図5- a は,初診時,右下1番に,歯根膜腔の拡大が見らる.通法により,咬合
調整と,歯周基本治療を行い,図5- bは初診より10ヶ月後の状態である.患者
さんの希望により,若干コンポジット充填も行っているが,歯牙の自然移動と歯
根の挺出が起こっているようにおもわれる.歯根膜腔のさらなる拡大がみられる
が,もしかしたら咬合調整の後に起こった自然挺出の影響かもしれない.図5-
cは,1年後の状態である.歯根膜腔の拡大は,若干の改善がみられる程度であ
る.図5- dは,初診より,4年半後.歯槽硬線は明瞭化しているが,根尖部に
は,まだ拡大像が残っている.図5- e は,初診より,7年10ヶ月後の状態
で,歯根膜腔の拡大は,ようやく治まりつつあるようである.この5枚のX線写
真を比較された読者の中には,右下1番の長さが短くなっているのに気付かれた
方もいると思う.つまり上下的角度が,異なるのではないかと思われた方もいら
っしゃると思うが,左下2番の長さはさほど変化していないので上下的角度はあ
まりずれていないと思う.位置付けは若干のズレがある.歯冠長はもちろん咬合
調整を行って変化しているのだが,歯根尖の形態の変化より歯根のリモデリング
により歯根長も変化した可能性がある.
 図6はこの間の歯肉の変化である.図6- a は,初診に近い状態.図6- b
は,初診より4ヶ月後,咬合調整を行いながら,歯周基本治療中の状態である.
図6-cは,先ほどの図5-cのX線写真と同じ,1年後の状態である.歯周組織
のある程度の改善と,咬合調整のあとがうかがえる.図6-dは,図5- e のX
線写真と同じ,初診より,7年10ヶ月後の状態で歯牙の自然移動により接触点の
回復が見られる.


 歯槽骨梁の乱れ
 最後に,いわゆる歯槽骨梁の乱れについて述べるが,これについて筆者は,次
のように考えている.一般に「乱れ」という言葉の意味は,「ばらばらで整って
いないこと」(旺文社:国語辞典より),であるが,骨梁の乱れとなると,X線
写真上の骨梁の網目構造の規則性の乱れをさすことよりも,歯槽骨梁の不透過性
のばらつきをさしているように思う.一枚のX線写真上で,本来ならば同等の黒
化度を示すはずの歯槽骨部が,異なる黒化度(不透過性の亢進)を示したとき
に,いわゆる歯槽骨梁の乱れと表現されているようである.したがって,筆者は
いわゆる「歯槽骨梁の乱れ」とは,歯槽骨梁の部分的な不透過性の亢進を示すも
のと理解している.
筆者も歯周治療により,歯槽骨梁の不透過性の改善が起こることは,ときどき経
験するのであるが,そのほとんどは,自然挺出を行った症例である.歯槽頂線,
歯槽硬線においても,炎症によりそれらのX線不透過性が増す可能性について述
べたが,歯槽骨梁の乱れの原因もおそらく同様であろうと思われる.しかもその
改善が,自然挺出を行った症例に多いことから,細菌感染による炎症と,咬合性
外傷による炎症の両方が,複雑に絡み合った場合であると考える.図7の症例
も,自然挺出を行い,骨梁の乱れが改善したと思われる症例である.図7- a
は,初診時.右下7番の骨縁下欠損に対して,歯周基本治療と自然挺出にて対応
した.図 7- bは,約1年半後である.骨縁下欠損のある程度の改善がみられ
ると同時に,骨梁の乱れも,改善したように思われる.初診時の不手際により,
2枚のX線写真の位置付けは大きく異なり,第2回(7月号)の図3で示した様
にこのX線写真で骨梁について述べるのは不適当であるかもしれないが,歯牙へ
のX線の入射角度を補正してご覧いただきたい.


 前回から2回にわたり,歯周治療のためのX線写真の撮影・読影について述べ
てきた.出来るだけ,自分の持っている組織学的知識や免疫学的知識をX線所見
に絡めて書いたつもりである.しかしながら,多分に筆者の考えが混在してお
り,誤りがないとも言えない.どうかこの点をご承知おきいただきたい.