はじめに
 前回は,主に「黒化度」について,私が注意を払っている点を述べたが,今回
は撮影時の「位置付け」も含んだ規格化について述べることにする.
 歯科臨床において,X線写真が初診時の診断と,術後の経過観察に重要な役割
を果たすことは,誰もが認める事である.この2つの目的のために撮影されるX
線写真は,ある一定範囲の条件を満たすことが,必要であると私は考える.その
条件について,少し考えてみたい.


X線写真の正確さの基準
 X線写真は,3次元の立体(歯牙と歯周組織)の暗影を,X線写真フィルムと
いう2次元の平面に投影したものである.従って,被写体とフィルムの位置関係
が異なる場合は得られるX線像が違う.また,歯周組織は一定の厚みがあるの
で,被写体とフィルムの位置関係が同じでも,通過するX線(主線)の方向が異
なる場合も得られるX線像が違う.
古くは,プリチャードが,X線写真の正確さの基準として,・頬舌側の咬頭が一
致していること.・隣接面が重なっていないこと.・髄室が明瞭であること.を
挙げているが,
これらの条件は,X線(主線)の方向によって分類した撮影法でいうと,・は,
平行法,(図1- a )・は,正放線法,(図1- b )・は,平行法かつ正放線
法(図1- c )であることを要求する事になると思われる.
平行法と二等分法
平行法と二等分法は,ともに歯根尖撮影法で,二等分法は歯牙の実際の長さと,
X線フィルム上の長さが,等しくなる方法である.根管治療において挿入したフ
ァイルとX線写真を用いて,根管長を測定する際には,有効な撮影法であるが,
歯周病診断の際に,臼歯部の歯槽頂線の読影するときには,平行法の方が有利で
ある.
正放線撮影法と偏心投影法
歯牙と歯周組織の撮影においては,一般的に正放線撮影法が,得られる情報が多
い.しかし,偏心投影法によって得られる情報は,正放線撮影法により得られる
情報を補うことが多く,両者を組み合わせて総合的に診断を行えば,非常に有効
なことが多い.(図2-a, b)


X線規格撮影法の利点
これらを可及的に満たすX線写真を原点とした,X線規格撮影法の利点として
は,・得られる情報量が多い.・同一のX線像が得やすい.の2点が挙げられる
と思う.
初診時の(最初の一枚の)X線写真の「黒化度」や「位置付け」を,細かく規定
し,規格化する事は,ある意味で,面倒なことである.経過観察時の,2枚目以
降のX線写真を1枚目に合わせられれば,問題ないと思われる先生もおられると
思うが,実際にやってみると,これが意外と難しい.やはり,最初の1枚が正確
なX線写真となるように,規格化し,同じ規格で2枚目以降のX線写真を撮影す
るほうが,ずっと楽であるというのが,私の実感である.


思い出のX線写真
図3- a,bは,故人となられた北九州歯学研究会の先輩の山内厚先生に,規格
撮影法について教えていただいた時のX線写真である.私はX線写真を読影する
時には,「歯槽頂線」「歯槽硬線」「歯根膜腔」「歯槽骨梁」の4項目を特に注
意しているが,この一組のX線写真は,位置付けが異なったときのこれら4項目
への影響を,右下6番一歯で,端的に表しており非常に興味深かったのを思い出
す.
「歯槽頂線」a では,右下6番近心の歯槽頂線が,異常無いことをかろうじて
確認できる.しかし,b のX線写真では,両隣在歯に重なり正常,異常の識別
は不可能である.また,歯槽頂線ではないが,骨縁下欠損部分の斜面も,a で
は,白線として見えるが,b では,明瞭な線としては見えない.
「歯槽硬線」a では,右下6番近心の歯槽硬線が,明瞭に確認できる.しか
し,b のX線写真では,歯槽硬線は,不明瞭である.
「歯根膜腔」a では,右下6番近心の歯根膜腔の,やや拡大したところが確認
できる.しかし,b のX線写真では,歯根膜腔は,不明瞭である.
「歯槽骨梁」a では,右下6番遠心周囲の歯槽骨梁が,他の部位と明らかに異
なり,いわゆる骨硬化像を呈しているのが確認できる.しかし,b のX線写真
では,歯槽骨梁は,他の部位とさほど変わり無く,いわゆる骨硬化像は,認めら
れない.
 この2枚のX線写真はプリチャードが挙げた,X線写真の正確さの基準からす
ると,a の方がb より正確に位置付けがなされていることになる.位置付けの
異なるX線写真の間で,このように得られる情報量が違うのであれば,当然,情
報量の多い正確に位置付けされた,X線写真を撮りたいと思うのは誰しも思うこ
とであると思う.昨今,歯周治療において,GTRやエムドゲインなどの,歯周組
織の再生を期待できる材料が開発されつつある.その評価に際して,X線写真の
重要性は,ますます増加すると思われる.


正確に位置付けされた規格撮影法の実際
規格撮影法の利点や,正確さの基準について,述べてきたが,さらに理想的なX
線像の条件として,下川は ・被写体がフィルムの中にすべて完全に収まってい
る ・被写体の両隣在歯が完全に写っている ・咬合平面(または切端ライン)
がフィルム縁とできる限り平行となっている ・被写体像が実物大で変形してい
ない ・被写体像のそれぞれの線が鮮明かつ明瞭である事を挙げている.これら
のことを満足するために,私をはじめ北九州歯学研究会の会員全員,阪神技研の
インジケーターを使っている.このインジケーターを使い,一定の咬ませ方をす
れば,歯牙とフィルムの位置関係と,X線(主線)の方向の規格化ができ,非常
に有効であると思う.図4上段は現在市販中ののインジケーター「である.初期
の製品と違い,歯牙と噛み合うパッドの部分が,高圧蒸気滅菌に対応できるよう
に材質が改良されたが,私はピンクのパッドの部分が使いづらいので,初期のタ
イプの青いパッドを注文して自分で交換して,使っている.(図4下段)インジ
ケーターの消毒は,薬液に浸すことで対応している.そして,全顎を撮影すると
きは,ほとんどの場合14枚法で,撮ってる.つまり臼歯部を,4番の近心がきれ
いに写るもの(図5-上)と,7番の遠心がきれいに写るもの(図5-下) の,
2枚で撮るようにしている.理由は,歯周病において,骨欠損の起きやすい部位
が,臼歯部では,4番7番の部位であるからである.
私の場合,この7番の遠心に,一定の幅(ある程度の大きさの欠損なら完全に写
り込む幅)の骨が写るように,インジケーターを合わせるときに補助器具を使う
ようにしている.(図6)
補助器具は,市販の糸楊枝を改造して作るが,要は,青いパッドの長さを,口腔
内に再現できる,定規を作るのである.
【作り方と使い方】・2本の糸楊枝を適当な位置で切断し,組み合わせてレジン
で接着して青いパッドの長さに合わせた,糸楊枝の補助器具を作る.(図6)・
7番の遠心に糸楊枝の補助器具を合わせ,他のもう一端が指す位置を覚えてお
く.(図7-上)・そこに青いパッドの角をあわせてインジケーターを咬ませ
る.この時当然,青いパッドの奥の端は,7番遠心端と一致する.(図7-下)
・そして撮影する.これを使うと,常に7番遠心側を一定幅に位置づけができ
る.また,糸楊枝の指す位置が,4番の近心より前方にあれば,臼歯部を1枚で
撮れることがわかる.(図8)
この時,・フィルムをインジケーターに挟む位置を常に,一定にする.・フィル
ムをできるだけ歯牙より離し,歯軸とフィルムができるだけ平行になるようにす
ることが必要で,実際には図9- a,b のように,青いパッドの一辺と,頬側咬
頭頂を一致させるように咬ませる.これが私のX線規格撮影へのこだわりであ
る.


X線写真規格化の限界と読影
 このように,細心の注意を払って,できる限りの規格化を図っても,私の現在
のシステムには,限界があることも事実である.
 まず,「黒化度」についていえば,現像液の疲労の問題がある.今のところ,
大型自現機(マックスライン,NIX)も,小型自現機(DEX-」,阪神技研)も一
ヶ月を目安に,現像・定着液を交換しているが,交換前後で黒化度が違うのは事
実である.液の疲労にあわせて,コントラストのチェックをし,現像液温を調節
し黒化度を一定にする方法もあるが,現在のところ,できたX線写真を見て現像
液温の若干の調整をしているのみである.液温を上げすぎるとフィルム上の粒子
の荒れが目立ってくるので,感覚的な話で申し訳ないが,X線像のキレが無くな
ってきたら,すぐに液の交換をするようにしている.
 次に,「位置付け」であるが,インジケーターのパッドが柔らかい材質なの
で,患者の咬む力の強弱により,フィルムの位置に若干の差がでる.また,撮影
する部位や,その対合歯も含めて,補綴処置により咬合面形態が変わると,位置
付けが変化しやすい.このことは,特に術前術後の比較において問題となりやす
い.
 前回と今回の2回にわたり,X線写真撮影の規格化について,述べてきた.そ
の最後に,規格化に限界があると述べると,今までの話を否定するように受け取
られないかと,心配するが,決してそのようなことはない.黒化度にしても,位
置付けにしても,後は読影の時に,頭の中で修正すればよいと思う.ただし,そ
の修正の幅が,小さければ小さい程,診断の誤差は減るし,X線写真の資料とし
ての客観性は増えると思う.
X線写真撮影の規格化を追求したときに,得られた知識と経験を利用すれば,よ
り詳細な読影が可能となり,自分自身の患者の診断能力も上がる.また,インタ
ーネット,出版,新しい歯科材料の開発など,さまざまな情報が行き交う現在に
おいては,その情報の取捨選択が必要となる.その際にも,これらの知識と経験
は必ず役立つと思う.
次回より,X線写真の読影について述べるが,この2回分の基礎知識をふまえた
上での読影所見を述べてみたい.