はじめに
 歯科医学は,歯科治療学を中心に発達してきた学問であると思う.しかし有効
な治療を行うためには,正確な診断が必要である事はいうまでもなく,ここに歯
科診断学とりわけX線診断学が重要な意味を持つものとなる.そこで今回は,歯
内療法におけるX線写真の読影について述べたい.


 図1-a は,初診の患者さんのX線写真である.主訴は,右上臼歯部の冷水痛
である.この1枚のX線写真をどう読影したか,できるだけ順を追って詳細に述
べてみたい.
主訴の冷水痛の原因は,おそらく右上7番の二次カリエスによるものと考えた.
しかも根尖周囲に透過像も見える.ポケットを計るとやはり近心に深いポケット
が存在した.このような場合,近心側の根が歯髄壊疽を起こしても,歯周ポケッ
トを排膿路とし他の根の歯髄は生活していることがある.この症例も恐らくこれ
に当たると考えた.また4番から7番までの連結されたブリッジが入っている
が,5番は骨透過像が周囲を取り囲んでいるので保存不能と考えた.4番の根尖
部にも透過像が見える.この患者は60代後半のご婦人であるが,他の部位も固定
式の補綴物でいけそうである.よって4番7番を何とか助けて,ブリッジを装着
して,メインテナンスにより維持していこうと考えた.7番については根の形態
から,樋状根管,または扁平根管を疑うとともに,歯周病も既にかなり進行して
いるので,咬合力も強い事を付け加えて,患者にはあまり長い予後は期待できな
いことを伝えた.ちなみに下顎は6番欠損の8754番支台のブリッジが入る予
定であった.図1-b は,1年6カ月後の補綴物装着時,図1-c は初診より6年
9カ月後の状態.現在はかなり動揺してきており,そろそろ次の処置を考えなけ
ればいけない時期になったが,患者はまだ大丈夫ですと答えてくれる.
このように,X線写真を読むときには,単に根尖部暗影の有無だけでなく,解剖
学的知識,組織学的知識,歯内治療術式,はては,力の影響を含めた歯周病学的
知識までが必要となる.以下に筆者が歯内療法を行うときに必要と考えるX線写
真の読影事項を項目別に述べたい.


 X線写真の読影法.


正常と異常の区別.
 先ず最初に読影の基本事項として,正常な歯周組織のX線像を確認しておく必
要がある.そして正常像を常に頭の中にいれ,それと異なる所見を呈するものを
異常像とする.正常な歯周組織のX線像としては下川は次の4項目をあげている
1) .
1.歯根全体が歯槽骨内に植立されている
2.鮮明な歯槽頂線と歯槽硬線の連続性が直角的に認められる
3.鮮明な歯根膜線と歯槽硬線ができる限り薄く均等な幅で確認できる
4.鮮明かつ明瞭な歯槽骨稜が認められる
筆者は,この4項目を常に頭の中にとめ,X線写真を読んでいる.この中で歯内
療法において特に重要なのは3,の項目である.
 近年の基礎歯科医学研究の進歩により,根尖病変の成り立ちが免疫学的に説明
されるようになった 2).これによると,慢性根尖性歯周組織炎に因るX線透
過像は,サイトカインによる破骨細胞の活性化によるもので,歯根膜腔の拡大と
歯槽硬線の消失が初発のX線的所見であることが多い.したがって歯根膜線と歯
槽硬線が薄く均等な幅でなければ,何らかの異常が有ると考えても差し支えない
と思う.


歯内療法の読影事項
1.診断
・根尖部未完成歯と急性根尖性歯周組織炎
 一般に軟化象牙質を除去する前の歯髄未処置歯の処置方針を決定する際には,
患者の自覚症状(疼痛の有無),打診痛の有無等に加え,X線所見の根尖部透過
像の有無が診断の材料となる.すなわち,X線写真の根尖部に歯根膜線の肥厚
や,歯槽骨梁の透過像があれば,歯髄は失活していると判断し感染根管治療へす
すむことが多い.この時根尖病変と見間違いやすいものに,若年者の根尖部未完
成歯がある.(図2-a,b )また,根尖透過像はあくまで慢性化した場合のX線
所見で,急性の根尖性歯周組織炎では,これらの典型的な所見を示さない場合も
多い.図3
・歯内療法を行うべきか否か
 筆者は失活歯を治療する目的が,その歯の長期の使用(歯の延命)にあるなら
ば,自分で歯冠修復を行う場合は,根尖病変の有無に配慮しながらも,可能な限
りの抗原性因子の除去を目指すべきであると考える.現在は根尖病変のない歯で
も,軟化象牙質の除去,メタルコアーの除去・形成等により,髄腔内の環境の変
化が起こったり,咬合力の変化により根尖の吸収が起こり得るからである.メタ
ルコアーについてもエナック(オサダ)という超音波振動器を使い,極力歯質を
保存しながら除去している.図4-a,b しかし太いメタルコアーが入っており,
除去操作により,残存歯質の破折,亀裂が危惧されるときは歯内療法を行わない
ときもある.このような判断は,修復物を除去した歯冠部の状態(軟化象牙質の
量,メタルコアーと歯質の適合具合,合着に使ってあるセメントの種類)を参考
に,X線写真により行っている.図5
・根尖病変の有無による治療術式の差
 筆者は,根尖病変の有無に関わらず原則として歯内療法を行う.しかし実際の
治療の術式は,根尖病変の有無により若干異なっており,このとき歯髄腔の読影
が重要となる.たとえば既に根管処置が行われた歯でX線写真では根尖部の歯髄
腔が見える場合,根尖病変が有る歯は,腐敗臭が無くなるまで徹底して根管拡大
と根管貼薬を行い根充している.(図6-a,b)これに対し,根尖病変が無い歯
は,ファイルを挿入すると疼痛が有り,生活歯髄が存在すると思われる症例や,
ファイルが根尖孔を穿通せず,電気的根管長測定を行っても針が全く振れないの
で根尖孔が閉鎖していると思われる症例など根管拡大と根管貼薬にあまり手間取
らず根充できる事が多い.図7-a,b
・根管数の診断
 歯内療法を行う際に根管の見落としがあってはならない.一般的な根管数と異
なる頻度や,根管の様々な形態についての解剖学的知識を基に,歯冠部歯髄腔の
形態や髄床底の根管口の探求を行うとともに,X線写真の読影においては,歯根
膜腔をおって歯根の形態を診断したり(図8-a),歯髄腔を追求することで根管
の数や形態を推測する事ができる.この時撮影方向が異なる(たとえば正放線法
と偏心投影法)2枚のX線写真があると,診断の正確度が高まる.図8-b,c
・根管形態の診断
 たとえばすべての根管が,1本のまっすぐな丸い管であったならば,歯内療法
がどんなに楽しいであろうかと,読者の皆様も思われるであろう.歯内療法の失
敗や煩わしさは,根管の弯曲,根管の分岐,根管の扁平に起因するといっても過
言ではあるまい.ではどうするか,やはりX線写真で正確に根管形態を診断し,
対処するしかないと思われる.そのためには前の項目で述べたように歯根膜腔と
歯髄腔の正確な読影が必要となる.(これらの二つの像が鮮明なX線写真を得る
方法は1,2回の連載で述べたので,もう一度読み返して欲しい.)ただし,根
尖部付近では根管は歯根の真ん中を通過しているとは限らず,特に歯髄腔の読影
が重要となるとともに,限界のあることも知っておく必要がある.図9-a.b
・側枝の根尖病変の大きさと位置
 根尖病変は,分岐部に広がった場合を除いて,歯髄腔の開口部を中心に歯根膜
腔に沿って同心円状に広がることが多い.従って,近遠心側に開口部がある場合
は,明瞭なX線透過像を示すことが多い.(図10-a)しかし,開口部が唇舌側に
ある場合は,読影し難い事もあるので注意が必要である.図10-b,c
・パーフォレーションと歯根破折
 歯科治療は,既に行われた治療のやり直しであることが多い.歯根にできたX
線透過像にはパーフォレーションや,歯根破折によるものもある.これらの読影
については非常に難しいと思えるが,初診時に根管側枝による病変や歯周病によ
る根分岐部の骨欠損と見誤り患者に説明すると,後々患者からの不信感の原因と
なるので,筆者が注意していることを述べたい.読者の参考になれば幸いであ
る.
 まずパーフォレーションでは,穿孔を起こしている場所を中心に骨透過像が広
がる.根管口明示や根管拡大の途中で穿孔した場合は,それ以後,本来の根管の
拡大を行わずに根充が行われることが多いので,同時期に治療された他の根は,
非常に立派な根充がなされているのに,根管上部で糊剤根充が行われている下顎
大臼歯の根分岐部病変(図11-a)や,メタルコアーと歯質の間に多量のセメント
が介在する歯の根管中央部の骨透過像(図11-b)にはパーフォレーションを疑
う.また,メタルコアー形成時の穿孔では,メタルコアーや,合着材の(造影性
のある)セメントが本来の根管の方向より外れているのでわかりやすいが,彎曲
根や扁平根の凹側の穿孔は,X線的には穿孔部分の外側に歯質が存在するように
見え,根分岐部病変と見誤りやすい.図11-c
 次に歯根破折について述べる.歯根破折は最終的に完全に破折が起きてしまえ
ば,破折片が分離し,患者にもわかりやすいX線像を呈する(図12-a)が,初期
の歯根に亀裂が入った時期は,破折線の有る位置によりX線像への影響は様々で
ある.近遠心側壁ならば比較的早期に透過像が現れるが,頬舌側中央では透過像
は現れない場合もある.(図12-b,c)筆者は根管充填が行われている歯におい
て,患者が咬合痛を主訴とした場合,根尖病変の有無に関わらず,さほど動揺も
ないのに,根の片側または両側の一定幅の(多くは漏斗状でない)歯根膜腔の拡
大が認められる時は,歯根破折を疑う事にしている.(図12-d,e,f)


2.経過観察
 歯内療法においては,経過観察を行いその治癒を確認することは,広く成書に
も載っていることである.歯内療法のX線的治癒の目標は,先に挙げた下川の4
項目の3番「鮮明な歯根膜線と歯槽硬線ができる限り薄く均等な幅で確認でき
る」事であろう.筆者は,たとえ大きなX線透過像が縮小したといっても,この
3番の項目を満たさなければ,治癒とは考えていない.しかし,それがどんなに
難しくかつ時間のかかる事かは,読者の皆様も御存知の事と思う.多くの要因が
有ると思うが,筆者は三つの事を考えている.
一つは抗原性因子の除去の困難性で,現在も多くの器具,検査方法,根充方法の
開発が行われ,それに伴う様々な術式が登場しているのは,そのためであろう.
筆者は,最終的には,いかに正確に,緻密に手用ファイルを使いこなし,根管内
の抗原性因子を除去できるかにかかっていると考えており,根管拡大用の器械
は,あくまでその補助手段であると思っている.
また,二つ目の要因としては根管充填に際しては,どうしても根充剤(ガッタパ
ーチャーとシーラー)を根尖孔外に押し出すことが避けられないケースも有るの
で,その場合それらの吸収が完了しない限りは,X線的にできる限り薄く均等な
幅の歯根膜線と歯槽硬線が確認できない.図13-a,b,c
三つ目は,過度な矯正力により,歯根吸収が起こることより類推すれば,根充後
の歯に咬合力が過度にかかると,根充剤も含んだ歯根の吸収が起こり,根尖孔部
分の封鎖が破れることも考えられる.従って根管拡大時に,より歯冠側の抗原性
因子の除去と,緊密な封鎖が必要であると共に,一時期3番目の項目を満たして
も恒常性は無く,経過観察には終わりがないと考える.図14-a,b,c


 おわりに
 今回は,できるだけ臨床に即して,歯内療法のX線写真の読影を述べた.従っ
て,項目の順番にも脈絡が無く,抜けていることも多いと思う.また,X線写真
の読影だけで,実際のそれに対する手技や対応については,述べていないので,
歯内療法の上達には繋がらないかもしれない.しかしX線写真上の一本の線が,
どのような基礎知識と関連が有るのかのヒントになれば幸いである.筆者は,大
学を卒業して16年経つ.現在卒業したての先生方とは,基礎知識の点で数段劣る
と思っている.この連載をお読みになった,若い先生方の中に,将来いろいろと
教えていただけることもあるかと思う反面,そうならないよう今後も,研鑽を重
ねるつもりである.