はじめに
 筆者は,前回述べた根尖病変によるX線像の変化の多くが,根管内の抗原性因
子に対する,歯根膜組織の免疫反応であると考える.それに対し,歯周疾患にお
けるX線像の変化の原因は,・歯肉溝周囲の主として細菌に起因する抗原性因子
による歯牙周囲組織の炎症と,・支持組織の減少により生理的咬合力が外傷性と
なった場合の力による歯周組織の炎症,であると考えている.
 そこで今回より2回にわたり述べる,歯周治療のためのX線写真の撮影・読影
では,出来るだけこの原因に関連づけて述べたいと思う.


 正常像との比較
 筆者はX線写真の読影をする際には,目の前のX線写真と頭の中の正常像とを
比較して,異常なところを見つけだすようにしている.この時,異常像には,歯
周疾患の活動期の破壊像と進行停止期の安定像があると思われるが,正確な区別
は難しいと思う.
正常な歯周組織のX線像については,下川が次に述べる4項目を挙げている.
1)
1.歯根全体が歯槽骨内に植立されている
2.鮮明な歯槽頂線と歯槽硬線の連続性が直角的に認められる
3.鮮明な歯根膜線と歯槽硬線ができる限り薄く均等な幅で確認できる
4.鮮明かつ明瞭な歯槽骨稜が認められる
筆者は,この4項目を,常に頭の中にとめ,X線写真を読んでいる.
 図1−aは,右下7の遠心部を除き,比較的正常に近いとおもわれるX線写
真,図1−bは歯周病に罹患したのX線写真であるが,2枚のX線写真を比較し
ながら,再度4項目を確認して欲しい.
 以下に図1-bのX線写真の歯周組織の異常な所見をのべる.まず,右下7の遠
心側に,骨の吸収が認められ,歯根全体が歯槽骨内に植立されているとは言いが
たい.これは図1-a にも言えることであり,この点で正常ではない.次に右下
76間の歯槽頂線は,歯槽硬線と直角を保持しているが,歯槽頂線自体が不鮮明
である.また,右下65間は,歯槽頂線は確認出来るが,右下6番の近心は,歯
槽硬線とは,直角を保持しておらず,骨縁下欠損を疑う.歯根膜線と歯槽硬線を
見てみると,右下65は歯頚部から根尖に至るまで比較的薄く均等な幅で確認で
きるのに対し,右下7の遠心根周囲は歯槽硬線が不明瞭で,歯根膜線は,骨欠損
直下で拡大して見える.同じく歯槽骨梁についても,右下7周囲は,不透過性が
高い.
 このように,1枚のX線写真の中に,様々な異常所見が揃うことは多くはない
が,初診のX線写真を見るときには,どこかに異常所見はないかと,上記の4項
目に照らして各歯をチェックすべきである.


 同一のX線写真を得ることの困難性
 以下に,歯槽頂線,歯槽硬線,歯根膜腔,歯槽骨梁の4項目について,臨床例
を通して筆者が現在考えていることを述べて行くが,経過の中で2枚のX線写真
を実際に読影する際には,頭の中で少しばかりの補正をして,X線写真を見てい
かなくてはならない.連載の1,2回で規格撮影の事を述べたにもかかわらず,
このような事を言うのはおかしいと思われるかもしれないが,現像液の劣化の問
題,補綴物が入ることにより,咬合平面部の形態が変わること,インジケーター
のパッドが,柔らかいので,患者さんの噛み具合で,微妙に位置がずれること
は,防ぎようがないからである.そこでX線写真の読影の際には,黒化度と位置
付けの影響を,対象別に考慮する必要がある.


 1.歯槽頂線のX線像


 歯槽頂線の補正
 歯槽頂線は,図2のような歯間隣接面部や,頬舌側の平らな部分の骨の接線効
果(図3)によってできる線である.図4は,下川の原案によって,模型上にマ
ジックを塗って,上下の角度を変えて撮ったものであるが,黒い部分の幅が,違
ってみえる.X線写真上では,図4−a,明瞭な歯槽頂線が,図4−b,上下的
な角度によっては,接線効果が無くなり,見えなくなる可能性がある.従って,
筆者は歯槽頂線を読むときには,入射X線の上下的な角度に注意し,角度が異な
るX線写真を比較するときには補正が必要であると考えている.


 歯槽頂線の消失
 歯槽頂線の消失は,歯間部,歯牙の周囲の骨の破壊によって,起こると思われ
る.図5−aは,初診時で,右上6番周囲,右上4番遠心部の歯槽頂線が不明瞭
である.図5−bは右上6番の頬側根抜歯,歯周外科と自然挺出をおこなったあ
とで,初診より4年4ヵ月後である.術後の歯槽頂線の変化としては,右上6番
近心,右上4番遠心部の歯槽頂線の明確化,4番遠心部の歯槽頂線と歯槽硬線の
直角化の回復が見られ,正常像に近づいている.
 X線写真の黒化度は,−bがやや強く,位置づけはやや,違うものの,上下的
な角度は,歯根の長さからほぼ同じと思われる.口腔内では,歯周ポケットも2
ミリで,メインテナンス中だが,排膿もなく,骨は一応,安定しているように思
われる.図6−a,b,c,はこの患者の口腔内である.


 歯槽頂線の肥厚
 歯槽頂線の肥厚については,成書などには記載が無く,これから述べること
は,臨床的な実感として,お読みいただければ幸いである.
図7−aは,初診時のX線写真.図7−bは歯周基本治療をおこない,初診より
1年2ヶ月後である.この間,歯肉の炎症の改善は著しかった.X線写真の所見
としては,初診時の歯間部のもやもやとした不透過像が消失し,術後では非常に
すっきりとした像を示している.しかしながら明瞭な歯槽頂線は認められず,今
後もメインテナンスが必要であると思われる.2枚のX線写真は位置付けはやや
異なるが,咬合面の像より上下的な角度は同じであると思われる.
図8−aは,初診時のX線写真.図8−bは歯周外科と自然挺出をおこない,初
診より3年後である.右下7番周囲の歯頂線の見え方には,違いがあるように思
える.すなわち,−aでは,歯間隣接面部と遠心側の歯槽頂線は,肥厚している
ように見えていたものが,−bではやや細くなり,逆に,歯牙と重なる部分は,
見えなかった線が見えている.黒化度は,−bがやや強く,位置づけはやや違う
ものの,上下的な角度は,歯根の長さや,充填物の大きさからほぼ同じと言って
よいと思われる.右下7番周囲の骨梁の見え方も,初診時には全体的に不透過性
が高く,近心側の6番周囲と比べても乱れた感じがするのに対し,右の3年後で
は,5番から7番の部位まで,非常にすっきりした感じがしている.右下7番周
囲だけの違和感は感じられない.これらのことより,右下7番周囲には,初診時
に炎症による歯槽頂線の肥厚と骨梁の乱れも含む,X線不透過性の亢進が起こっ
たと言っても,差し支えないと思われる.


 炎症により骨のX線不透過性が増す可能性はあるか?
 それでは,本当にいま述べたように,炎症により骨のX線不透過性が増すかと
いう事であるが,筆者の知る範囲では,今のところ明確に記載したものはないよ
うである.歯周病の骨の破壊が,一連のサイトカインネットワークの中で収束し
ていく3)ことや,正常な骨の改造が行われる際に,破骨細胞が,カップリング
ファクターと呼ばれる液性因子で,造骨細胞の活動を促すこと4)は,成書に載っ
ていることである.しかしながら,炎症により造骨細胞が活性化され,X線不透
過性が高まるというようなことは,論文としてはないようである.しかし,私た
ちが治療を行う臨床の場では,根尖病変周囲の不透過像,嚢胞性疾患周囲の境界
明瞭な白線,いわゆる緻密性(硬化性)骨炎,骨髄炎(慢性期)などのように,
炎症によりX線不透過性が高まる場面に,たびたび遭遇するので,筆者は,炎症
により骨のX線不透過性が増す可能性はあると言ってもよいのではないかと思
う.図9は図8の患者の左側であるが,同時期に全く同じ処置を行い,同様のX
線像を示している.


 歯槽頂線のX線像の意義
 これまで述べてきたように,筆者は歯槽頂線は,炎症により肥厚や消失を起こ
すと考えている.歯槽頂線の消失は,炎症による歯槽骨の破壊を示すことは,以
前より言われていることであるが,筆者は,歯槽頂線の肥厚は,深い骨欠損の深
部の炎症というよりは,どちらかというと,初期の付着歯肉表層からの炎症に起
因するものであろうと考えている.従って,炎症の程度にもよるとは思うが,歯
周病によりX線写真上に最初に起こる変化は,歯槽頂線の肥厚で,その後消失が
起こるのではなかろうかと考えている.このような考えから,現在筆者は,初期
の歯周病に罹患した患者のX線写真を,読影する際には,歯槽頂線の肥厚像を,
見落とさないように注意をし,歯槽頂線の消失が起きる前に,炎症の消退を計る
ように心がけている.(以下次号に続く)
 今回は主に歯槽頂線について述べた.次回は残りの,歯槽硬線,歯根膜腔,歯
槽骨梁について述べたい.