はじめに
 ここ十数年来の政府の医療費抑制方針により、一般的歯科医院経営の基盤となる保険診療の自由度と採算性が狭められている。そのため、若い歯科医師が独立し開業した場合、医院の経営を安定させるためには、自由診療に頼らざるを得ないというのが実情である。
一方、患者の考える歯科医療水準は、インターネットや各種メディアの影響で、実際の平均的レベルの歯科医師の水準を大きく上回っている。そして昨今の患者は、歯科医師の年齢、経験などを考慮することなく、自分の考える歯科医療を要求してくることが増えてきた。
 筆者は自分が開業した20年前と比べても、以上2点により、現在の若い歯科医師の置かれた困難な環境に同情を禁じえない。筆者もまだ山の中腹にしか到達していないが、後から登ってくる若い登山者に、景色の良い場所を要領よく押さえた現在地までの近道を、お教えできれば幸いである。

どうして、X線写真にこだわるのか。
前段で若い歯科医師が先進的な歯科医療に挑戦しなければならない状況について述べたが、問題はここにあると思う。つまり患者に求められる先進的歯科医療を身に付けようとするあまり、診断、充填、根管治療、歯周治療などのどちらかというと歯科治療の基礎的な部分の研修に費やす、時間と意欲が失われがちになっているように、筆者は感じているのである。経験的に基礎的な治療をおろそかにしては、いかなる治療も最終的にはうまく行かない事を知っているので、もっと歯科医療の基本に立ち返って欲しいと思う。そのためには、X線写真にこだわるのも、一つの方法であると思う。

デジタル化の波の中で
近年、デンタルX線写真といっても従来のアナログのフィルムを思い浮かべる人ばかりではない。医療記録のデジタル化は、レセプトのオンライン化の波に乗り、今後はさらに加速すると思われる。デジタルX線写真がアナログX線写真に勝る点は、放射線被曝量が少ないこと、廃液が出ず環境にやさしいこと、劣る点は解像度が少し及ばないこと、設備に費用がかかることが、挙げられる。欠点として挙げた2点は、今後普及度が増すにつれて改善されてゆくと思うので、今後はデジタルX線写真が口腔内撮影法の主流になると思われる。デジタル化の波はもう一方で歯科用CTという形で押し寄せているが、最近ではさらに小範囲の撮影ができる機種も発売されている。小範囲ということは、被曝線量も少なくすみ、さらに機械の価格も低下しているようであるので、導入もしやすいと思われる。
しかし、従来よりアナログデンタルX線写真で診療を続けてきた筆者などは、今後も器材の供給がある限り、今のシステムを維持すると予想している。

良いX線写真を得るための努力
 資料または記録としての、X線写真を考えるとき、それが良質であるべきことは言うまでもない。良質なX線写真の条件としては、古くはプリチャードが,頬舌側の咬頭が一致していること、隣接面が重なっていないこと、髄室が明瞭であること、を挙げているが(図1−a,b)、経過観察を行う臨床記録としては、撮影においては規格撮影法であること、現像処理においては適切な黒化度が一定であることが必須となる。規格撮影法の利点としては,得られる情報量が多い、同一のX線像が得やすい、の2点が挙げられると思う.

撮影時の位置づけの実際
・撮影用インジケーターと補助器具
筆者は,阪神技研のインジケーター「CID−掘廖平泯押檻,b)を使っているが,歯牙の咬合面にあてる、発泡ポリスチレンのブロックは,本来の厚さでは根尖が切れることが多いので、約2/3の厚さにして使っている。また、前歯部では歯牙の正中をフィルムの中央に図3、4、犬歯部では2番3番の隣接面部を図5、6、臼歯部では4番の近心隣接面がきちんと読影できる位置づけと図7、8、7番の遠心に一定の骨幅が映るような位置づけをおこなっている図9、10。臼歯部を2枚撮るのは歯周病において4番7番が骨欠損を起こしやすい部位であることが、その理由である。私の場合、この7番の遠心に、一定の幅(ある程度の大きさの欠損なら完全に写り込む幅)の骨が写るように、インジケーターを合わせるときに補助器具を使うようにしている。図11筆者は歯周病の診査を主として考えているので、智歯を無視しているが、必要な場合は別に撮影している。

黒化度を一定にするための工夫
インジケーターはその使用によって、フィルムとX線源の距離が同一になるので、黒化度の規格化に役立っているが、それ以外の要因としてはX線照射量と、現像条件が挙げられる。

X線照射量
X線撮影装置にはいろいろな機種があり、X線照射量の調節機構は様々なので、筆者が使用している機種を一例として述べたい。
筆者は朝日レントゲンGX-70という機種を使っているが、これには管電圧(60kvp〜70kvp)フィルム感度(A〜F)撮影部位(6ブロック+咬合法、TMJ)体格(大人、中人、小児)の4つの調節機構がある。管電圧は60kvp、フィルム感度はD-1(フィルムはコダック社のウルトラスピード D感度)に固定している。また成人は体格も大人で固定しているので、撮影部位に応じてプリセットされた時間で撮影を行っている。図12コダック社のデンタルフィルムのX線照射時間についてはケアストリームヘルス社(旧イーストマンコダック社)のホームページ
(http://pw.carestreamhealth.com/ja/dental/tech1.htm)に掲載してあるので、参考にされたい。

現像機と現像・定着液
筆者は開業以来、現像機と現像・定着液には、ずっとこだわってきた。それについては、参考文献にあげた拙文でも読んでいただくとして、現在は、阪神技研のDex型泯隠海鮖箸辰討い襦ずっと使ってきた大型現像機は、現在の指定現像定着液に移行した時から画質が悪くなり、機械、現像定着液をいろいろ調整したもののどうしても改善できず、またメーカーの姿勢にも納得が行かず、ついに使用を止めてしまった。
Dex靴蓮■柿紊鮓汁、定着、定着とし、現像液は6%ほど濃度を上げて画像のキレが良くなる(濃淡がはっきりする)ようにしている。Dexの現像液は、現像液原液を水で薄めて使用するが、濃度の調整は原液と現像タンクの総量を測り、計算により求めた。図14写真技術については、参考文献に挙げた木下務氏の論文に、詳しく書いてあるので、興味のある方は参照されたい。
この機械の欠点としては、処理が終了した時点でフィルムが濡れているので傷がつきやすいことがあげられ、現像処理直後に患者に説明する際には、水洗用フィルムハンガーに挟むなどしているが、多少の不便を感じている。図15

X線写真の読影
まず正常像をおぼえる
X線写真を読影するには、正常と異常の区別が重要になる。健康な歯周組織のX線像について、下川氏は、図で示すように5項目をあげている。図16どのような患者のX線写真でも、正常な部分と、異常な部分が混在するので、異常な部分を見つけるだけではなく、正常な部分もしっかり頭に焼き付けることで、異常な部分が見つけやすくなるものである。

診断における注意事項
デンタルX線写真は診断を下す一つの診査項目であるが、あくまで硬組織の変化しか映せない事を念頭に置くべきである。言い換えれば骨透過像と症状の程度とはなんら無関係の場合もあり、激烈な急性炎症を起こしていてもX線写真にはさほど異常像が無い場合もある。図17―a,b

根管治療を行う際の読影
デンタルX線写真は、根管治療を行う際には、不可欠であるが、いくつかの盲点もある。(図18,図19−a,b,c,d)それら(の概念=削除)については、ここでは図説で簡単に述べるにとどめるが、最近歯科用CTの画像を見る機会が増えるにつれ(ただし筆者は所持していない)、自分のX線写真読影の概念が大きく変わった。3D画像を見ることで、概念も少し3D化したともいえるかもしれない。
従来、歯牙と骨吸収領域の位置関係はX線像と関係するという概念、たとえば側枝の骨吸収像について隣接面側に現れたもの図20,21はX線透過像として観察できるが、頬舌側に現れた物は歯牙と重なり観察しにくい図22,23とは思っていた。しかし3DCTの観察により、現在では歯槽骨の中の歯牙の根尖孔の位置と皮質骨との距離が各歯牙によって大きく異なるため、根尖透過像の現れ方も各歯牙によってばらばらであると考えている。たとえば下顎前歯部で根尖孔と唇側皮質骨との距離が非常に短い歯図24では、小さな骨吸収でも明確な骨透過像が現れるのに対し、上顎小臼歯部(口蓋根=削除)図25などではその逆が考えられる。上顎犬歯などで、極端に根尖孔と皮質骨の距離が無い場合図26は、炎症の波及により顔面の腫脹が表れやすい原因とも考えられる。
過去の論文で丸森英史氏は、デンタルX線写真の骨透過像には皮質骨の破壊が重要な関連があると述べられていた。その当時筆者の頭の中には、皮質骨の破壊=大きな骨吸収図27という図式がありなんとなく合点がいかなかったが、今は同意できる。図28今後、歯科用CTが臨床でたくさん応用されるようになると、新しい読影の概念が生まれる可能性がある。

歯周治療における読影
歯周病による骨欠損の状態は、デンタルX線写真とプロービングによる歯肉辺縁から結合組織付着部位までの計測と組み合わせることにより、総合的に診断することができる。図29しかしX線写真では、それ以外に次の項目も診断項目として挙げられる。
1.歯槽頂線のX線像
歯槽頂線はX線の上下的な入射角に影響を受けやすく、2枚のX線写真を比較する際には、十分な注意が必要であるが、その消失は、歯牙が受ける力とはあまり関係なく歯間部、歯牙の周囲の骨の破壊によって起こる。図30また筆者は、歯槽頂線の肥厚にも注目しており、これをごく初期の歯肉の炎症の影響と考え歯槽頂線の消失が起こる前に現れると考えている。したがって、歯槽頂線の肥厚像を見つけた際にはそのX線写真を患者に見せ、プラークコントロールを徹底して行うようにしている。
2.歯槽硬線と歯根膜腔のX線像
歯槽硬線と歯根膜腔のX線像は、近遠心的入射角度に影響を受けやすく、歯槽硬線の消失と歯根膜腔の拡大は、歯牙が受ける力と関連が大きい。歯槽硬線の消失は歯牙周囲の束状骨の吸収であり、歯冠側に限局した歯根膜腔の拡大と歯槽硬線の肥厚図31は歯槽硬線の消失の前駆的現象であると考えている。歯根全周にわたる歯根膜腔の拡大は歯牙の2次的咬合性外傷や歯根の挺出により起こり、歯牙に加わる力のコントロールが必要である。図32図33
3.歯槽骨梁の乱れ
歯槽骨梁の部分的な不透過性の亢進を示す、いわゆる歯槽骨梁の乱れについては、時折経過観察の中で気づく時がある。破骨細胞と造骨細胞のバランスが周囲と異なるために不均一な透過性を示すことが想像できる。図34
以上3項目とは別に、近年歯周治療に使うことが増えてきた骨補填材について述べたい。
骨補填材は、X線透過性の有無、術後の吸収性の有無により術後のX線像は様々である。しかし、吸収性があるといわれた補填材もなかなか吸収をしない、言い換えれば自家骨と置換しない事を経験する。したがって、骨補填材を使用した場合は、X線による術後の経過観察が行いにくいという欠点が、出てきたように思う。図35

インプラント
インプラントの術後の評価をX線写真にて行う際には、以下の2点に注意が必要と思われる。天然歯牙と異なり、周囲に束状骨が無いので歯槽硬線が無い、またインプラントを植立する際には骨幅がある場所に植立するので頬舌側に十分な皮質骨が存在する、したがって骨の吸収が起こっても初期にはX線像としては現れにくい。図36

X線写真の整理法
筆者は毎回の治療時に必ずその部位のX線写真を見ながら処置を行うようにしている。したがって初診時のみならず、その後もたびたびX線写真をチェアーサイドに運ぶ必要がある。そのために以下のような整理法を行っている。
.侫ルムのディンプル上に、鉛ナンバーシール(NND,ニックス)を貼る。
∋1道に、ワンタッチ式フィルムマウント(FMO,阪神技術研究所)に、フィルム番号、日付、撮影部位、撮影目的を記入し、所定の位置に整理しておく。また10枚法、14枚法を取った場合は、フィルムマウントに撮影フィルム番号を記入する。
8汁処理し水洗まで終えたフィルムを、滅菌機の上で一晩乾燥させる。図37
ね眥、番号をあわせフィルムマウントにフィルムを貼る。10枚法、14枚法の分は、専用のシート(阪神技研)に入れる。
ゥ侫ルムマウントに貼ったX線写真は、バインダー(コクヨ・Gファイル)に綴じた専用のビニールシート(ASD,阪神技術研究所)に、番号順(日付順)に整理する。10枚法、14枚法の番号だけのフィルムマウントもそのまま整理する。
Ε丱ぅ鵐澄爾虜膿携任錬慇写真整理をする場所(診療室内)図45に、それ以前のバインダーは診療室内の書架に配置する。
14枚法用のシートは、検査表、指導記録、その他とともに、カルテファイルに入れる。
なを、これは筆者が最初に勤務した歯科医院のシステムであり、現在も上野道生先生(北九州歯学研究会)には感謝している。

いま、デンタルX線写真から得られるもの
デンタルX線写真は臨床を映す鏡となる。4×3センチの小さな画面の中に術者の医療に取り組む姿勢や、診断能力、治療手技、術後の患者管理まで現れる。達観された先輩は左下のX線写真で右上の咬合面展開角まで言い当てられる。
若い先生方に「デンタルX線写真にこだわる」という姿勢を持っていただきたいのは、歯科医師としての目を磨くこと、歯科医療の内面を充実させることにつながると考えているからである。

最後に、歯科医師としての道を導いてくださった上野道生、純子先生御夫妻、北九州歯学研究会の先生方、そしてなにより、私にX線写真の手ほどきをしてくださった、故山内厚先生に感謝の気持ちを捧げたい。